炭色の空へ木目色の光が伸びていく抽象グラフィック。都市木造の未来への上昇を象徴するイメージ

REPORT 07 / FUTURE OUTLOOK

将来展望:都市木造の課題と2030年シナリオ

技術・制度・資本の追い風が揃った都市木造市場ですが、普及が約束されているわけではありません。本レポートでは、これまでの6本のレポートを踏まえて普及を阻む構造的課題を直視し、世界の潮流と照らし合わせながら、2030年に向けた市場の3つのシナリオと参入機会を提示します。

普及の構造的課題:3つのボトルネック

第1のボトルネックは人材です。木造中高層の構造設計者、木質架構の施工管理者、CLT加工のオペレーターはいずれも不足しており、案件数が増えるほど人材制約が顕在化します。大学の建築教育では鉄筋コンクリート・鉄骨に比べて木質構造の講義時間が限られてきた経緯があり、教育機関における木質構造教育の拡充や、ゼネコン内部の育成プログラムが進んでいるものの、人材供給が需要増に追いつくには時間を要すると見られています。

第2はコストです。コストとサプライチェーンで詳述したとおり、RC造・S造との建設費差は縮小傾向にあるものの、補助金なしで常時競争できる水準には達していません。規模の経済が働き始めるには、木造非住宅の着工量が現在の数倍規模へ拡大する必要があると試算されています。コスト・供給・人材の3課題は相互に連動しており、どれか一つだけを解いても普及は加速しない点が、この市場の難しさであり参入余地でもあります。

第3は供給網です。原木供給の即応力、乾燥製材の能力、大判パネルの物流という川上・川中の制約は、需要が急拡大した局面でこそ露呈します。ウッドショック型の価格急騰が再来すれば、発注者の木造離れを招くリスクがあり、供給網の冗長性確保は業界全体の課題です。

これらに加えて、金融・評価インフラの未成熟も見逃せない論点です。木造ビルの中古流通市場はまだ形成途上であり、鑑定評価・担保評価・火災保険料率における木造の扱いには保守的な慣行が残っています。竣工後の性能データ(耐久性・維持費・稼働率)が蓄積され、評価実務が更新されるまでの期間は、先行事例の実績開示が業界全体の公共財として機能すると考えられます。

視点: 3つのボトルネックはいずれも「需要が増えるほど強く締まる」性質を持ちます。したがって都市木造の将来は、需要喚起策だけでなく、供給側の産業基盤投資がどこまで先行できるかに懸かっています。

世界の潮流:高層木造の国際競争

視野を世界に広げると、木造高層建築の競争は加速しています。北欧・中欧では10〜20階建ての木造タワーが相次いで竣工し、米国では2021年のIBC(国際建築基準)改定で18階建てまでのマスティンバー建築が類型化されました。米国・カナダ・豪州ではマスティンバー専業のデベロッパーや工場が成長し、オフィス・集合住宅・学生寮などで事業モデルが確立しつつあると見られています。各国に共通するのは、炭素規制の強化と建設労働力の不足という構造要因が木造化を後押ししている点であり、日本市場の将来を考えるうえでも同じ力学が働くと考えるのが自然です。

世界のマスティンバー(CLT・グルラム等)市場は年率2桁成長が続くと推計されており、CLT生産量では欧州勢が圧倒的なシェアを握ります。日本市場の特殊性は、地震・耐火要件の厳しさと、豊富な森林資源を持ちながら供給網が細いというギャップにあります。逆に言えば、耐震・耐火技術で世界最高水準の要求に応えてきた日本の設計・施工ノウハウは、アジアの都市木造市場が立ち上がる局面で輸出可能な競争資産になり得ます。

アジア太平洋地域では、シンガポールの大規模木造キャンパス建築や豪州の木造オフィス開発など、高温多湿・都市高密度という日本と共通の条件下での実装例が増えています。地震条件まで含めれば日本の技術要求は世界で最も厳しく、国内で成立した構法・部材・設計手法は台湾・東南アジアなど地震帯の都市市場への展開余地があると見られています。建材輸出だけでなく、設計エンジニアリングや耐火認定ノウハウといった知識サービスの輸出も、中期の成長オプションとして検討に値します。

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2030年に向けた3つのシナリオ

2030年時点の都市木造市場について、編集部は以下の3つのシナリオを想定しています。シナリオは予言ではなく、自社の事業計画がどの前提に依存しているかを点検するための思考の枠組みとしてご活用ください。

2030年の市場シナリオ(編集部作成)
シナリオ木造非住宅シェア想定前提条件市場の姿
加速シナリオ 25%超 エンボディドカーボン規制の導入、CLT価格の目標水準到達 中層オフィス・共同住宅で木造が標準選択肢化。関連市場1兆円規模へ
基調シナリオ 20〜25% 現行政策の継続、緩やかなコスト低減 先進的発注者を中心に着実に拡大。地域差が残る
停滞シナリオ 20%弱 建設費高騰の長期化、供給網の目詰まり、政策支援の縮小 シンボル案件中心にとどまり、量産市場化が遅延

分岐を決める最大の変数は、エンボディドカーボンの制度化(算定義務・上限規制・資産評価への反映)と見られています。炭素の価格付けが建築構造の選択に組み込まれれば、木造の相対優位は構造的なものとなり、加速シナリオの蓋然性が高まります。次いで重要なのがCLT価格と供給網投資であり、これは市場概況で述べた需給の好循環が回るかどうかに帰着します。

下振れ要因としては、建設市場全体の投資抑制(金利上昇・建設費高騰による着工延期)、大規模な木材価格ショックの再来、そして火災・地震等における木造ビルの重大事故の発生が挙げられます。特に最後の点は、技術的には十分な安全率が確保されていても、世論の受け止め次第で市場心理が冷え込むリスクがあるため、業界全体での品質管理と情報開示の徹底が普及の生命線になると考えられます。

参入機会マップ:どこで戦うか

参入・投資を検討する企業に向けて、機会領域を4つに整理します。

  • 資材・部材: 耐火部材・接合金物・木質ハイブリッド部材は、認定と特許で守られた高付加価値領域です。CLTラミナ供給や乾燥受託など、川中の能力不足を埋める事業も有望と見られています。
  • 設計・エンジニアリング: 木質構造設計、LCA算定、制度対応コンサルティングは人材制約ゆえに供給不足が続く見込みです。設計支援ソフトウェアやAI構造最適化も含まれます。
  • 施工・生産: パネル化・ユニット化施工の専門工事業、CNC加工受託、木造リノベーション(既存ビルの木質増築)が拡大領域です。
  • 開発・金融: 木造賃貸オフィス・共同住宅の開発、グリーンファイナンス組成、炭素固定量を組み込んだ不動産評価サービスなど、川下の金融・サービス領域は未成熟であり先行者機会があります。

共通する成功条件は、主要プレイヤーで述べたエコシステムへの接続です。単独で完結する事業設計よりも、既存の構法・供給網・開発パイプラインのどこに自社の能力を差し込むかという発想が、参入の速度と確度を高めます。

見落とされがちな機会として、既存ストックの木質化があります。新築の木造ビルだけでなく、既存RCビルの内装木質化、屋上への木造増築、遊休施設の木質リノベーションは、新築より小さい投資規模で環境価値と資産価値を高められる手法です。都市の建て替えサイクルが長期化する中、ストック改修市場は木材需要の安定的な受け皿になる可能性があり、リフォーム・内装業界からの参入口としても有望と見られています。

編集部の見立て:木造は「特別」から「当然」へ

都市木造の本質的な到達点は、木造ビルが話題になる時代の終わり、すなわち構造選択の際にRC・S・木が同じ土俵で比較される状態です。2026年時点の市場は、その手前の「先行者が経験を蓄積するフェーズ」にあります。技術は既に成熟し、制度は追い風であり、残る変数はコストと供給網、そして人材です。

長期の視点では、都市木造は建設業の産業構造そのものを変える可能性を持ちます。工場生産比率の高い木質建築は、現場依存の労働集約型産業から製造業型のものづくりへの転換を促し、林業・製材業と建設業の垂直統合は、国土の資源と都市の資本を直接つなぐ新しい産業連関を生み出します。この転換の過程で生まれる事業機会は、建物を建てることそのものにとどまらないはずです。

企業の実務レベルでは、2030年を見据えた準備として次の3点を挙げておきます。第1に、小規模でも良いので木造案件の実績を早期に作り、社内に習熟曲線を走らせること。第2に、木材調達・炭素算定・制度対応の専門知識を担う人材を計画的に確保すること。第3に、供給網・構法・開発の各エコシステムにおける提携ポジションを、市場が固まる前に確保することです。市場の拡大が確実になってから動くのでは、認定・人材・調達枠のいずれも先行者に押さえられている可能性が高いためです。

普及の踊り場や価格変動は今後も起こり得ますが、脱炭素という長期トレンドと国産材資源の存在を踏まえれば、都市木造化は後戻りしにくい産業転換と評価できます。本サイトでは、市場・技術・制度の変化を継続的に観測し、ブログで随時報告していきます。

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